東京高等裁判所 昭和56年(行ケ)191号 判決 1982年12月23日
原告
株式会社湯浅中尾鉄工所
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
本訴の訴訟費用及び参加により生じた訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が昭和56年6月3日昭和49年審判第7379号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文第1項同旨の判決を求めた。
第2請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和45年12月22日、名称を「バキユームカーにおける吸引ホース装置」とする考案について、実用新案登録出願(昭和45年実用新案登録願第130128号。以下この考案を「本願考案」という。)をしたところ、昭和49年7月5日拒絶査定を受けたので、同年8月29日審判を請求し、昭和49年審判第7379号事件として審理され、昭和54年4月19日出願公告(実用新案出願公告昭和54年第8491号)されたが、同年6月19日補助参加人から実用新案登録異議の申立があり、昭和56年6月3日、同異議の申立に対する決定とともに、「本件審判の請求は成りたたない。」との審決があり、その審決の謄本は同月25日原告に送達された。
2 本願考案の要旨
収肥タンクの上面に吸引ホース巻取部材を水平面上で回動するよう横設したバキユームカーにおける吸引ホース装置において、上記巻取部材外周の巻取開口部に沿い、かつ、一部にホース通過用窓を形成したホース脱落防止カバーを収肥タンク上に装着してなるバキユームカーにおける吸引ホース装置。
3 審決理由の要点
本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。
ところで、異議申立人(補助参加人)が提出した文書(特許庁甲第3号証、当審甲第5号証。以下「引用例」という。)は、1枚の横長の紙を半分に折り重ねて表裏4つの紙面を形成したものであつて、その第1面を表紙として、そこには、記載内容を示す「ホース自動巻取機」という題字と、出所を示す「株式会社有木製作所、本社、和歌山県有田郡金屋町金屋13、電話(金屋)161番」等の記載がある。
表紙の裏に当たる第2面には、明らかに、いわゆる「バキユームカー」と認められる特殊装備のタンク付き自動車の写真が掲載されており、宣伝文句と認められる「最少労力 最大能率」という記載と、ホース自動巻取機の価格と認められる「現金正価¥235,000」という記載とが加えられている。
さらに、第3面には、「本機の特長」及び「5つの特色」として、このホース自動巻取機を使用したときの効能が具体的に記載されている。
引用例は、概略以上のようなものであるから、「ホース自動巻取機」の販売のために、「株式会社有木製作所」を名乗る者が多数印刷させた宣伝用のカタログであると認められ、その記載形式及び内容からみて、特定の者の間に秘密裡に配布されるような性質のものではなく、不特定の需要者等に対して広く頒布することを目的とした刊行物であることが明らかである。
そして、証人下良洋の尋問の結果によれば、引用例の刊行物は、「株式会社有木製作所」以外の複数の人の手を経由して、昭和45年6月17日に下良洋に届けられたことが認められるので、本願考案の実用新案登録出願前に日本国内に頒布されていたものと確認することができる。
ところで、引用例の前記第2面の写真には、本願考案の要旨である構成がすべて1目瞭然に開示されており、本願考案の目的あるいは効果も、前記第3面に記載されたところと実質的に同じ内容のものであるから、本願考案は、その出願前に日本国内において頒布された刊行物に記載された考案に相当し、実用新案法第3条第1項第3号の規定によつて実用新案登録を受けることができない。
なお、請求人(原告)が主張しているように、引用例の刊行物の頒布元である「有木製作所」が株式会社として実際に登記された法人であるかどうかについては、引用例第2面の写真であるホース脱落防止カバーの外面には、「有木特殊機械工作所」の文字が表わされているが、昭和45年7月1日発行の電話番号簿第376頁「金屋町」の項には、「有木一……161金屋 自動車」の記載があり、「有木」の姓、電話番号及び住所が、引用例第1面の記載と一致するのみならず、職業を示す記載「自動車」も、「ホース自動巻取機」の製造あるいは販売に携わる者の職業として不自然ではないから、仮に「株式会社有木製作所」が本人として実在しなかつたとしても、それに代りうる者として、引用例の刊行物の頒布元の住所には、前記「有木一」なる人物が存していたのであるから、その相違のみによつて、引用例の刊行物が頒布されていた事実を否定することはできない。
また、請求人(原告)は、有木一が個人として仮に引用例の刊行物を昭和45年6月17日以前に作成していたとしても、同人は、昭和46年2月6日に、特許庁出願公告昭和49年第44126号特許公報に記載された発明につき特許出願をしているから、その発明の権利化に不利となる引用例をその発明の特許出願前に多数頒布しなかつたはずであり、一部他人に手渡したとしても、いわゆる守秘義務を約した特定人に対してのみしたものと考えるのが自然である等と主張しているが、前記発明は、本願考案と異なり、主として巻取枠の駆動手段に関するものであつて、引用例にその構成は開示されていないから、前記発明の特許出願を計画していたからといつて、引用例の頒布をためらう理由は考えられない。その他、引用例が公然頒布されたものではないとする証拠は存在しない。
4 審決取消事由
本願考案の要旨が審決認定のとおりであり、本願考案と引用例記載の技術的内容とが同一であることは争わないが、引用例はもともと本願考案の実用新案登録出願前に頒布されたものでないのにかかわらず、審決が、これを実用新案法第3条第1項第3号に規定する日本国内公知の刊行物であるとしたのは誤りであり、これを前提に本願考案の新規性を否定したのは違法であつて、本件審決は取消されなければならない。
引用例所載の写真に見られるホース自動巻取機は、有木特殊機械工作所の有木一に依頼されて原告が製造し、有木の所有するバキユームカーに取付けたものであつて、これは、昭和46年1月8日有木特殊機械工作所に納品したものであり、被告が本件審判手続において主張したように、昭和45年6月の時点において右巻取機の写真を掲載したカタログである引用例が頒布されていたということはありえない。
第3被告の答弁
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決取消事由の存在は争う。審決の判断は正当であつて、審決には何ら違法の点はない。
第4証拠関係
原告は、甲第1号証ないし第8号証を提出し、証人中尾博文の証言を援用し、乙号各証及び丙号各証の成立(そのうち写真については、主張のとおりの写真であること)を認めた。
被告は、乙第1号証ないし第6号証を提出し、甲号各証の成立を認め、補助参加人は、丙第1号証ないし第18号証、第19号証の1・2、第20号証ないし第23号証、第24号証の1・2、第25号証、第26号証(ただし、丙第9号証は、いすゞTLD―12のシヤシーに架装したバキユーム車の写真、同第13号証は、本願考案の実用新案登録出願前公知のバキユーム車の写真、同第20号証は、株式会社有木製作所が製造し、他に販売したホースリールの写真である。)を提出し、甲号各証の成立を認め、証人下良洋及び木村栄三の各証言を援用した。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。
いずれも成立に争いのない甲第5号証ないし第7号証、乙第1号証、第2号証、第6号証、丙第4号証、第6号証、第11号証、第12号証及び証人木村栄三、同下良洋の各証言を総合すると、引用例のカタログは、和歌山県有田郡金屋町の有木製作所こと有木一により、その自家営業商品の取引用に多数部作成されたものであるところ、三重県三重郡川越町の汲取清掃業者である四日市清掃衛生社の代表者(当時)木村栄三が和歌山市の親類先の案内を得て有木一方を尋ね、同人からその一部を入手し、さらに、その一部が、そのカタログに印刷記入されている実用新案登録第817926号考案の共同権利者とされている補助参加人に権利関係の実体の確認問合せ等の趣旨で遅くとも昭和45年6月17日頃までに送られ、その技術部に所属して特許関係資料の整理事務をも担当していた下良洋の手によつて、技術的資料としてフアイル、保存され、その後、補助参加人から本件実用新案登録異議申立の際、特許庁に提出されたものであることが認められる。
もつとも、証人中尾博文(原告会社取締役)の証言中には、引用例のカタログは、昭和46年1月頃有木一の依頼により中尾博文が開発して原告から有木方に納入したホース巻取機を撮影し、その写真を用いて作成されたものであるとし、前認定に反する部分があるけれども、その日時に関する記憶の重要な根拠とし、右証言の趣旨に副う記載のある甲第4号証(昭和56年5月28日付原告代理人作成の審理再開申立理由補充書)添付の「納品書(控)」(宛名としての「有木特殊機械工作所」、自動車登録番号としての「和8せ961」の記載は、引用例のカタログに印刷されたバキユームカーにおける表記と一致しており、巻取機第1号機1台取付けの旨及びその金額並びに昭和46年1月8日の納品日付の各記載がある。)は、それ自体連続した納品書(控)の綴込み冊子の1枚でありながら、連続番号の記載もなく、また、昭和46年春頃までに同種巻取機約20台を有木方に納入したとの証人中尾博文の証言にもかかわらず、同冊子中に他の巻取機については納品を証する控えを欠くこと、そうした連続した取引としながら有木方による受領を証すべき印その他を欠くこと、その冊子の表紙には「領収書在」との印がありながら、領収書の提出がないこと、いずれも成立に争いのない甲第3号証、第4号証、乙第3号証、第4号証によれば、特許庁の審判手続において補助参加人からの実用新案登録異議の申立(前記争いのない事実によれば昭和54年6月19日)に対し同年12月5日付で提出された実用新案登録異議答弁書中で、原告は、引用例のカタログの作成、頒布の事実は全く知らないとし、審判手続の審理終結の日(昭和56年5月20日)まで1年5か月余そのまま経過しながら、審理終結通知受領(発送日昭和56年5月26日、受領代理人大阪在住)後になつて、1両日内の同月28日付で急ぎ右「納品書(控)」が提出されるにいたつたものであること、本件記録中補助参加人から提出された上申書に添付の和歌山県有田郡金屋町長作成の除かれた住民票の写によれば、その間の昭和55年11月27日に有木一が死亡していることなどの諸点からして、右「納品書(控)」の記入が昭和46年1月8日当時にされたものとはにわかに措信し難く(甲第4号証自体の成立に争いはないが、本件記録中、いずれも昭和57年6月29日付(同月30日受付)で提出されている被告の準備書面(第1回)及び証拠説明書の各記載など弁論の全趣旨によれば、同号証添付納品書(控)の作成年月日は、被告において争つているものと認められる。)また、冒頭掲記の各証拠及び成立に争いのない丙第22号証、第23号証の存在、さらには、前記原告の実用新案登録異議答弁書(乙第3号証)の記載内容に比較して余りにもかけ離れた、不自然なまでに詳細な、引用例のカタログに印刷の写真内容に関する証言内容など、弁論の全趣旨によれば、証人中尾博文の前記証言部分は採用し難く、せいぜい本件吸引ホース装置にかかわる原告と有木一との事業の関連をうかがわせこそすれ、前記認定を左右するものではない。
そうすると、引用例のカタログは、争いのない前示出願の経緯に照らし、本願考案の実用新案登録出願前に日本国内に頒布された刊行物ということができ、しかも、本願考案と引用例記載の技術的内容とが同一であることは当事者間に争いがないから、本願考案を実用新案法第3条第1項第3号の規定に該当するものとした審決の判断に誤りはなく、原告の主張は採用することができない。
3 以上のとおりであるから、本件審決を違法としてその取消を求める本訴請求は、失当として棄却すべく、訴訟費用の負担については、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条及び第94条後段の各規定に従い、よつて、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 舟本信光 舟橋定之)